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技法とは、思い描く表現をするためにある。
公開日:2022年10月28日更新日:2022月10月28日
カテゴリ:焙煎の味づくりのこと。
新しい技法の組み合わせであったりは、2週間に1回くらいの頻度で取り組んでいたりする。
しかし、その新しい技法の組み合わせも、使えるものと、使えないものがあり、実際に試みてカッピングしないことには、その新しい技法の組み合わせが使えるものであるのか?あるいは、可能性があるのか?もしくは、使えないのかは分からない。
そのやり取りの中で、まったく新しい技法を発見することは、ほぼあり得なくて、数年の間にまったくの新しい技法が1つでも見つかれば、それは大発見なのだと言えるだろう。
2018年にコーヒー焙煎の競技会の決勝の舞台で戦えたことは、その半年前くらいに新たな技法を手に入れることが出来たからだ。
いまだに、その技法の存在を知っている人は、ほど皆無で実際に2018年の決勝で使っていたのはボクだけだった。
あれから4年が経とうとしているが、その当時のボクの技法の成り立ちや、その当時にいろんな人から説明された技法を組み合わせたり、それらの技法を検証したりして、いろんなことが理解ができるようになってきている。
元々ボクはオリジナルの焙煎をしていたので、今でもその流れを汲んでいて、時代の流れの中にはボクの味づくりはないのだと思ってもいる。
ボクの中に流れている味づくりは、ボクの感じる「良質さ」を表現すること。
そのボクの中に流れている「良質さ」の定義は、日本人だから表現できる「美しさ」だと考えていて、その「美しさ」の背景にはいろんな人たちの美しさに対する視点をボクの視点に重ねてみて、共鳴するところを新たな理解として重ね合わせて今の味づくりとなっている。
この4年間は、それまでの焙煎に対する取り組みの経験値の「点」と、カッピングによるローストのフレーバーの見え方の解釈が進んだことで、いろんなことが繋がりだした。そして、まったくの新たな技法をダンパ装置でもインバータ装置でも発見をしている。
それらの理屈は頭の中には存在しておらず、それらの発見は全て失敗の中に埋もれていた。
失敗の中から、新たな技法の可能性を見つけることができたなら、その可能性に取り組むことで、新たな技法を見出すことができるようになる。
そして最も大切なことは、それらのすべての技法を重ね合わせることによって可能になる「思い描く表現」をすることなのだ。
すべては、そのために技法があるのだと思っている。
それらの美しさとは、素材とローストのくすみや濁りの無いもの。
それが透明感という「美しさ」に繋がっている。