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ボクがビールを飲まなくなった理由。
公開日:2022年8月11日更新日:2022月08月11日
カテゴリ:感覚のはなし
コーヒー豆をローストするようになってもう27年ほどになる。
コーヒー豆を上手にローストするためには、実際に自分でローストしたコーヒーを飲み、そしてその味わいの中のローストの設定のバランスという景色を見ている。
そのカッピングの繰り返しの作業は、ただ飲んで「美味しい」や「美味しくない」を見ている訳ではなくて、「なんでバランスがズレているのか?」とか、「今日のバランスが合っているのは、あの設定を調整したから」とか、味わいの中のローストの設定という景色を見ている。
その設定の景色は、香り、酸味、甘さ、粘性、それらの余韻というバランスを見ている。
今はもうお酒を飲まなくなってしまったのは、美味しいと素直に思えるお酒は、ボクが手が届く金額のものにはなかなか無いので、そこまでしてアルコールを飲まなくてもいいやと思うようになり、お酒は飲まなくなった。
そして、久しぶりに海外のビールを今飲んでみたらどう思うのか?と思って、海外のビールを何種類か買って飲んでみた。
すると、久しぶりにビールを飲んだことで、今の自分だといろんな場所を見ていることに気づいた。
アルコールの味わいや、ホップや麦芽の香りや酸味と甘さ、そして苦さ。
麦芽100%のものだとアルコールの味わいの悪さは目立たないから良いけれど、甘さの余韻のフィニッシュ感は、麦芽のローストの甘さとアルコール発酵のための糖化によるものだと推測をするが、酸味の爽やかさが感じられず、余韻が甘さのクドさに押し退けられるため、もう一口飲みたいとは思えない。
ボクが美味しく感じない要素として、甘さの後に酸味の爽やかさが登場するビールはもうほとんど存在しないから。
ほとんどと表現しているのは、どこかにはそういうビールを作れる職人が居ると思っているけれど、ボクの口には入らないから。
余韻のフィニッシュで、甘さが爽やかな酸味で終わっていたのなら、甘さのクドさが爽やかさで終わることになるのだけれど、一つの素材から複合的なフレーバーを技術力で登場させることは、とても難しく、そしてもしかしたら大麦の品種改良などもあって、今ではそういう素材を入手することが困難な時代になってしまったのかもしれない。
ビールらしい苦味も今の時代では感じるビールも少なくて、あの苦味は柑橘系のピールの苦味と似ているから、あれがあることで余韻の酸味の爽やかさが登場していたんじゃないかとさえ思ったりもする。
とにかく、あのコカコーラでさえ、余韻のフィニッシュは酸味の爽やかさでフィニッシュしているというのに、ビールとなるとそういう味づくりの商品が無いことで、ボクはビールを飲まなくなった。
何よりビールはコカコーラの倍以上の価格はするから、そこまでの値段を払ってまでアルコールは飲まなくてもいいやと。