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質感の良さで、良質さは理解できる。
公開日:2022年3月23日更新日:2022月03月23日
カテゴリ:感覚のはなし
昨晩のテレビ番組で、芸能人の格付けチェックという春の特番をやっていた。
よく拝見するのですが、テレビなので「食」の質題は香りが届かないので、見ている側には分かりませんが、音の質題や、見て判断する質題は視聴者も加わることができる。
そこで、特に音の質題を判断するポイントが、今まで見ていたポイントに加え「質感」が今まで以上に感じられるようになったことに気づいた。
そう、改めて大切だと思えれるようになったのは「質感の良さ」というポイントについて。
この質感を理解できるようになったのは、先日もこのブログで書いた「バナナ」の食べ比べから。
言葉の持つ意味は、共通点があるので、香り(鼻から嗅ぐアロマの香り)の「質感」と、口の中で感じるフレーバーとしての「質感」、そして耳で理解する音の「質感」、目で見て感じる「質感」という具合に、言葉の持つ意味は同じですので、「質感の本来持つ意味」を深く考察して、それを理解することで「質感の本質」を感じられるようになる。
すると、良質な「香り」や「フレーバー」、「音」、「色」、「触覚」など、すべてにおいて、良質な「質感」がうっとりとする感情を与えてくれることに気づく。
それが、価格となっているので、当然高額なものになる。
そして、コーヒーの場合だとその質感の良さが登場する背景には、コーヒー豆の素材の良さから登場する質感と、ローストによる質感の良さ、そして抽出における使用するお水選びから登場する質感の良さ、コーヒー豆を粉砕するグラインダー(ミル)の性能による質感の良さ、そしてどのようなフィルターを使うのか?で登場する質感の良さがある。
感覚で、それらの違いを感じ取れないと、質感の良質さを損ねることに繋がる。
しかし、これらは学ぶことでしか身に付かない感覚なので、テレビ番組のように芸能人ですらきちんと理解できていない。
芸能を職としている人たちが理解できていないので、当然ながら一般の人たちはより多くの人たちが理解できていないことになる。
だけど、世の中それで成り立っている。
だから、ボクがとても優れたコーヒーを作ったとしても、多くの人たちの感情には届かない。
その背景に存在している、良質さという大切な感情に訴えかける要素の一つ一つが大切なのだけれど、それが理解できないから、ボクの声は届かない。
なので、多くの人たちには届かないけれど、それを必要としている人たちに向けて、生きていく中でそれが大切なのだと考えているマイノリティな人たちに向けて語りかけることにしたのです。
なので、ボクの語りかける言葉も偏っている。
良質なモノを作っている人たちは、とても少ない。
それは、良質なモノを作ったとしても、それを理解できる人でないと、なかなか売れないから。
だからこそ、コンテストなどがあり、そこで評価してもらえることで、大衆の人たちに無条件に良いものを作っていることに気づいてもらえるようになる。
なので、香茶屋では良質なモノを理解できるようになりたいという「感覚を育成するための講座」にチカラを入れているのは、そのためでもある。
良質さを少しずつ感じられるようになると、日常生活の中で「良質さ」を感じられるようになってくる。
日常生活の中で通り過ぎてしまう一瞬の出会いの良質さに気づけるようになる。
それは、喜びであり、そして慈しみでもある。
そういったことが、生きていく上でとても大切だと思えている人たちに、より良質さを伝えたいのです。